東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)1161号 判決 1966年6月23日
原告 桜井健一
被告 国光電機株式会社
主文
一、被告は原告に対し金九、九四三、〇四三円およびこれに対する昭和四〇年九月一七日から支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払をしなければならない。
二、原告のその余の請求を棄却する
三、訴訟費用は六分し、その一を被告のその余を原告の各負担する。
四、この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
一、<省略>原告訴訟代理人は被告は原告に対し金六九、三六八、〇四三円および内金九、九四三、〇四三円に対する昭和四〇年九月一七日から、内金一九、四八五、〇〇〇円に対する同四一年四月一五日から、内金二〇、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年二月九日から、内金一九、九四〇、〇〇〇円に対する同年四月一五日からそれぞれ支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする<省略>との判決を求め、その請求原因として、
一、被告は、訴外株式会社三菱銀行に対し昭和四〇年七月一日別紙手形目録記載(一)の約束手形(以下本件第一手形という)を振出し交付し、同銀行は右手形を支払のため支払期日に支払場所に呈示したがこれを拒絶された。原告は、右訴外銀行に有していた預金債権金九、九四三、〇四三円をもって本件第一手形の譲受代金債務と対等額において相殺したうえ右銀行から同手形の裏書交付をうけ現にその所持人である。
二、被告は原告に対し昭和四〇年一月一〇日別紙手形目録記載(二)の、同年二月八日同記載(三)の、同年三月八日同記載(四)の(以下本件第二ないし第四手形という)約束手形三通をそれぞれ振出交付し、原告は現に本件第二ないし第四手形の所持人である。原告は右各手形を支払のため支払期日に支払場所に呈示したがその支払を拒絶された。(手形目録省略)
そこで、原告は被告に対し本件第一手形の金額のうち九、九四三、〇四三円及び第二ないし第四各約束手形金の合計金六九、三六八、〇四三円および本件第一手形の手形金の右内金につき満期の日の翌日たる昭和四〇年九月一七日から、本件第二手形の手形金につき本訴状送達の日の翌日である同四一年四月一五日から、本件第三手形の手形金につき満期の日の翌日である同年二月九日から、本件第四手形の手形金につき本訴状送達の日の翌日である同年四月一五日から各支払済に至るまで商事法定利率による年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べた。
被告訴訟代理人は答弁として、原告の請求を棄却する、との判決を求め、原告の請求原因事実を認める。ただし、原告が本件各手形を取得するに至った原因関係上の主張事実を否認する。
(抗弁として)
一、本件第一手形の手形金債務は受取人たる訴外株式会社三菱銀行が同手形を所持中に原告に対して負担する定期預金債務金九、九四三、〇四三円とこれを相殺し、それによって消滅した。右訴外銀行はすでに右手形金が決済せられたものとして同手形の裏面に一度受取の記載をしたが、原告の請求によりこれを抹消し、原告に同手形裏書譲渡の形式をとったものである。しかし、約束手形は一たび相殺により決済せられた以上もはや約束手形としての効力はなく単なる証拠証券に過ぎない。したがって、右手形による手形金としての原告の請求は失当である。
二、本件第二ないし第四手形はいずれも原告が被告会社の代表取締役として原告に宛てこれを振出したものであり、しかもその振出行為について被告会社取締役会の承認がなされていないから、同各手形の振出行為は無効である。即ち、手形行為者は手形行為によって原因関係とは別個の新債務を負担し、その債務は抗弁の切断と挙証責任の転換により原因関係上の義務より更に厳格な支払義務を負うものでありその他の点でも種々の不利益を伴なうものであるから手形行為により原因関係より一層鋭い利害の衝突がもたらせる。従って手形振出行為は、その原因関係から離れ、それ自体が取締役会の承認を要する取引行為に当るものである。したがって、右各手形による原告の請求も失当であると述べた。
(右抗弁に対し原告は)
一、前記訴外銀行が本件第一手形に一度受取の記載をなしその後それを抹消し原告に裏書交付したことは認めるが被告主張のように右手形債権が相殺によって消滅したとの点は否認する。
二、本件第二ないし第四手形三通は被告会社から当時同会社の代表取締役であった原告宛に提出されたものであることは認めるが、右各手形の振出行為につき、それぞれの振出期日頃被告会社取締役会の承認を得ているものである。かりに右承認が認められないとしても本件第二ないし第四手形はそれぞれの振出期日頃になされた原告と被告会社間の金銭消費貸借にもとずく金銭貸付の担保として振出されたものであるが、その利息の定めは年六分という低利率であるほか、元金および利息の支払条件も長期の据置き期間をおく分割払であり、専ら同会社の資金難打開のためになされたものであり、商取引界において例のない債務者のための有利なものであって会社の犠牲が全く考えられない。このように会社のためにのみ有利な原因関係に基く手形振出行為については商法第二六五条はその適用の余地なく、右手形振出行為は有効であると述べた。
(原告の右反論に対して被告は)
本件第二ないし第四手形振出に関する原告主張の原因関係事実はすべて認めると述べた。
理由
一、請求原因事実中、原告の本件各手形取得に関する原因関係事実を除いてその余の事実は当事者者間に争いがない
二、右争いのない事実によれば、反証がないかぎり原告は本件第一手形の正当な権利者であると推定されるところ原告は同手形の振出人ではないからその債権をもって同手形金債務と相殺することは通常あり得ないし、しかも原告が代位または債務引受けによって右相殺または弁済をしたことの証拠はなく同手形に受取の記載はあったが、その記載者がこれを抹消したことは被告の主張するところであるから、その抹消された記載があるからといって右手形金債務が消滅に帰したと推定することもできず、他に原告の同手形取得を妨げる事実の証拠もない。したがって、被告は原告に対し右手形金のうち原告の請求する範囲の金員およびこれに対する法定利率による遅延損害金の支払債務を負うべきものである。
三、本件第二ないし第四手形の振出が当時被告会社の代表取締役であった原告から原告個人に宛ててなされたことは当事者間に争いがなく、原告は右振出について被告会社取締役会の承認を得た旨主張するが、右事実を認めるのに足りる証拠はない。
原告は仮りに右承認の事実が認められないとしても右各手形の振出は被告会社が原告に対して負担した右各手形金と同額の金銭消費貸借契約上の返還債務を履行するという原因関係に基いて振出されたものであり、しかもその貸借は被告の資金難打開のための極めて有利な条件のもとでなされたものであるから、右手形の振出によって会社に何等の不利益を生ぜしめるものでなく、そのような手形については振出行為自体については商法第二六五条の適用はなく取締役会の承認は不要である旨主張し右各手形が原告に宛て振り出された原因関係事実については当事者間に争いがない。しかし、右争いのない事実によれば、原告が単に被告会社のみに利益を与えることによって手形上の権利を取得したものではなく、同会社との金銭貸借という取引に基いて同会社に対する手形上の権利を取得する関係にあり、たとえその金銭貸借自体が一般の金融取引に比較して有利な条件であろうとも、具体的な取引当事者間の関係ではなお相手方に不利益を与えるおそれがあり得るのであるから、右原因に基いて原告に宛てなされた右各手形の振出行為は、原被告間の関係においては被告会社に不利益を与えるおそれのある債務負担行為であるというべきであり、右振出行為については右法条の適用があるものというべきである。
してみると、原告に宛てなされた本件第二ないし第四手形の振出行為は少くとも原告との関係では無効というほかはなく、他の原因に基く場合は格別、右各手形に基く原告の本訴請求は失当であるというのほかはない。<以下省略>。